くさん情報交換をした時代がある。当時はまだネット上にはほとんど実
になる情報が見当たらなかったので、友人の口コミ影響力はとてもおお
きかった。僕も人づてをたどってかなりたくさんの人達と実際に会った
ものだった。その多くは一度きりだったけれど、なかには数年間交流が
続く仲間もできた。多くは「自らがなんらかのスピリチュアル体験を求
道する側」だったけれど、時にものすごい潜在能力をもったひとに遭遇
することもあった。いわゆる霊媒体質のひとで、そこらの霊能者よりも
ずばぬけた感性を持っていたりする人と、どこかのファミレスで落ち
合って1〜2時間おしゃべりして…なんていう遭遇を楽しみにしていた
事もある。当時、僕はばりばりの会社員で管理職だったので、かなりの
頻度で東京に出張していた。当時はまだ札幌ではスピリチュアルな出会
いを求めるのは難しかったのだ。そんな時期に頻繁に東京に出向く機会
があったのは幸いだったともいえるが、飛行機が大の苦手の僕としては
消耗度は大きく、まだPDが不完全治癒状態だった僕には辛い時期でも
あった。そんなふうにしてプライベートタイムで、知人と落ち合ってつ
かのまのスピリチュアル談義に花を咲かせたものだった。世の中広い
なぁと思ったし、同じような方向性を求めている人はかなりたくさんい
るのだな、と実感したものだった。
当時活躍していたヒーラー、チャネラー、といったような人達にも遭遇
したり、噂をきいて情報を集めてみたり、ということは往々にしてあっ
た。一時は、雑誌かなにかでみかけた霊能者という人の事務所(という
か立派な神殿のような場所だったが)を尋ねてなぜか門前払いをくった
ことがある(笑)。一応、電話してからいったのにな…。またある時、
友人がしきりに噂をしていて「すごい人がいる」というので、興味を
もって予約電話番号にかけてみた。が、なかなかつながらなかったし、
2ヶ月ぐらい先まで予約が一杯らしいというのでアクセスをあきらめた
ことがある。(最近になってふと思いだしてその方のホームページを探
してみたら、いまだに現役で、あいかわらず予約がとりにくいらしい。
そうやって何年も長く続けるってすごいことだ。ただ、その方も肩書き
は「スピリチュアル・カウンセラー」となっていた。昔はそうではな
かったと思うので、やはりこの横文字は定着したのだなぁと思う。きっ
と、今日本中には数千人からのスピリチュアルカウンセラーがいること
だろうと予想するのだが…。もっと増えるだろうし、そうあってほしい
と思う。)
結局、そうこうしているうちに、僕の場合はえらく身近にすごい霊能者
の先生やら魂の恩人となるすばらしいチャネラーの人達に遭遇し、それ
以後はほとんど一切、他の導きが必要なくなってしまった。もっとレベ
ルをあげたいと思うと、ちゃんと次のステップが用意されていて、ある
意味でエスカレーター式にとことんスピリチュアルな修業を積み重ねる
ことができた。そういう修業が始まってかれこれ十数年の歳月が流れて
しまった…あぁまったくもって光陰矢の如し、である。その間に仕事で
はゲーム音楽作りに没頭し、最高に充実した時間を過ごした。ピアニス
トとしてソロ活動を始めて沖縄や福岡にまでコンサートで出向いた。レ
イキも習得して、やがて独立の準備が整った。
独立してからはや6年。でもまだたったの6年だ。
まだまだなにか足りないぞ、と思う。ひとつは経験ということだが、そ
れは時間がかかることだから、日々淡々とやるほかはない。それでも、
もっともっとなにかが足りないから毎日勉強だし、自分を磨きつづけて
いくことになる。これからもずっとそうだろうと思うし、一生そうであ
り続けたい。以前はそんなふうに考えると苦しくてどこかで、やってら
んね〜と感じたのだが。この頃、それが一番自分らしいあり方なんだと
感じるようになってきた。
ただ自分らしくあり続ける。
生きることの究極の調和の姿はそこなのかなぁ。
自分は自分以外のなにものでもない。そういう言い方もあるよなぁ。
こういうめったにない仕事をやっているせいで「自分はなにもの?」と
ずいぶん自問自答したものだった。独立した当初、よく知人に尋ねられ
た。「今なにやってんの?」と。そのたびに答えにつまった。自分でさ
えわからんのだから人に説明できない。自分はだれ?なにもの?その答
えもなしに、いきなり独立して「なにか」を始めてしまったのだから。
説明できるほうがおかしいのであった。
結局、僕はいまだに当時の知人達にちゃんと説明できていない。という
より、もう会うこともなくなったので説明する機会がなくなってしまっ
た。ふと気付けば、僕は僕でしかなく、だれも僕がなにものなのか、な
にをしているのかという説明を求めてもこない。自然と自分でも「自分
の定義」を考えなくなった。
自分は誰でもない、ただ自分であればいい。
ということなのだろうな。金子みすずの「みんなちがってみんないい」
という詩の一節、そのままでいいってことだろう。
もっともいまだに時々、いやおうなくチャネラーという言葉をつかうこ
とがあって、その度にチャネラーってなんだろうなぁと思うことは思
う。僕は今でも自分はチャネラーではないと思っている。ではなにもの
なのか? その答えを僕は遂に知ってしまった。でも説明することはな
いし、尋ねられても答えることはない。自分がわかっていればいいこと
だから…。僕は僕でしかないのだ。
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